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弁護士の谷です。
本日は退職勧奨についてご説明させていただきます。
1 はじめに
会社を辞めてほしいと社員に伝えることは、それ自体が直ちに違法となるわけではありません。しかし、その「伝え方」や「状況」によっては、損害賠償責任や労働契約上の地位確認義務を会社が負うことになります。近年、退職勧奨をめぐるトラブルは増加傾向にあり、使用者側・労働者側のいずれにとっても、正確な法的知識を持つことが重要です。本コラムでは、退職勧奨の法的性質、違法となる場合の判断基準、そして実際にトラブルが生じた場合の対処法について詳しく解説します。
2 退職勧奨とは
退職勧奨とは、使用者(会社)が労働者に対して自発的に退職するよう働きかける行為をいいます。解雇とは異なり、使用者が一方的に労働契約を終了させるのではなく、あくまでも「お願い」、「説得」という形で労働者の自由意思による退職を促すものです。
退職勧奨は労働者の同意があれば「合意退職」となりますが、労働者がこれを断ることも当然に認められます。使用者には退職勧奨を行う自由があり、それ自体は適法な行為です(東京地判昭和54年7月23日ほか多数)。
3 退職勧奨が違法となる場合
退職勧奨が「任意の退職を促す行為」の範囲を逸脱し、労働者の意思決定の自由を侵害する態様で行われた場合には、不法行為(民法709条)として損害賠償の対象となります。判例・裁判例が示す主な違法事由は次のとおりです。
① 執拗・強制的な勧奨
退職するよう繰り返し・長期間にわたって強要する行為は、労働者の意思決定の自由を侵害するものとして違法となります。著名な先例として、下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)があります。同事件では、退職勧奨を拒否しているにもかかわらず、約2年にわたり11回にも及ぶ面談を繰り返したことが不法行為にあたると判示されました。
② 人格否定・侮辱的言動
退職勧奨の場面で、労働者の人格を傷つける発言(「お前は会社の役に立たない」「使えない人間だ」など)を行った場合、それ自体がパワーハラスメントに該当し、独立した不法行為として損害賠償の対象となります。さらに、そのような発言を受けた労働者が「もはや職場に戻れない」と感じて出勤しなくなった場合、会社が自ら就労不能状態を作出したとして、退職の強要(違法な退職勧奨)と評価されることがあります。
③ 虚偽の事実の告知
「会社は倒産寸前だ」「あなたは懲戒解雇になる」などと事実と異なる情報を告げて退職を迫ることは、欺罔行為として不法行為を構成します。
④ 退職以外の選択肢を示さない場合
退職するか否かの選択の余地を全く与えず、「退職するか、さもなくば~~だ」という形で追い詰める言動も、意思決定の自由の侵害として違法となり得ます。
4 「解雇」と「退職勧奨」の違いを正確に理解する
実務上、使用者が「退職勧奨をしたつもり」でも、後に「事実上の解雇(退職強要)だった」と裁判所に評価されるケースがあります。特に注意が必要なのは次の場面です。
- 「明日から来なくていい」「もう来るな」などの言葉
- 退職届の提出を一方的に要求し、断れない状況を作る
- 人格否定的な発言によって労働者が自ら出勤できない状況に追い込む
これらは、退職勧奨の外形を持ちながら実質的には解雇ないし退職の強要に該当すると評価されることがあります。解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」(労働契約法16条)が必要ですから、違法な退職強要は解雇権濫用法理と同等かそれ以上の問題を生じさせます。
4 退職勧奨と労働審判・訴訟
退職勧奨をめぐるトラブルが深刻化すると、労働者側は以下のような法的手段を取ることがあります。
(1)労働審判申立て
労働審判は、労働関係のトラブルを迅速(原則3回以内の期日)に解決するための手続きです(労働審判法)。申立てから解決まで数か月程度で進むことが多く、費用面でも訴訟より低コストです。労働契約上の地位確認や未払賃金の請求が申し立てられることが多く見られます。
(2)民事訴訟(損害賠償・地位確認)
労働審判で解決しない場合、当事者は異議を申し立てて訴訟へ移行することができます。地位確認訴訟では、退職の意思表示の有無・有効性、不法行為の成否などが争点となります。
(3)都道府県労働局のあっせん
費用をかけずに和解による解決を目指す制度として、各都道府県労働局(厚生労働省)の個別労働紛争解決制度(あっせん)を利用する方法もあります。ただし、強制力はないため、相手方が応じない場合は解決に至らないこともあります。
厚生労働省の個別労働紛争解決制度についての詳細は以下をご参照ください。
参考URL:厚生労働省「個別労働紛争解決制度」
5 パワーハラスメントと退職勧奨
2020年6月(中小企業は2022年4月)より、いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)が施行され、職場におけるパワーハラスメントに対する使用者の措置義務が明確化されました。退職勧奨の過程での侮辱的・人格否定的な言動は、同法上の「精神的な攻撃」型パワーハラスメントに該当し得ます。
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。退職勧奨の場での侮辱発言は、③の要件を容易に満たします。
6 使用者側が退職勧奨を行う際の適切な進め方
問題社員に対する退職勧奨を適法・適切に行うためには、以下の点に留意することが重要です。
① 面談回数・時間・頻度を合理的な範囲に抑える
退職勧奨の面談は原則として短時間(1回1~2時間程度)かつ数回程度にとどめます。
② 退職するかどうかは労働者本人の意思に委ねることを明示する
「退職はあくまでご本人の判断です」「断っていただいてもかまいません」と明確に伝え、意思決定を尊重する姿勢を示します。
③ 人格を否定する発言は絶対に行わない
業務上の問題点を指摘するにとどめ、人間性・人格を傷つける発言は厳に慎むべきです。
④ 面談の記録を残す
誰が・いつ・どのような内容の面談を行ったかについて、後日の紛争に備えて記録(議事録等)を保存しておくことが重要です。
⑤ 顧問弁護士・社労士に相談してから進める
問題社員への対応は、退職勧奨の前に就業規則の確認、指導記録の整備などの準備が必要です。弁護士・社労士に相談しながら慎重に進めることを強くお勧めします。
7 まとめ
退職勧奨は、適法と違法の境界線が言葉の内容と態様によって引かれます。使用者側にとっては、人格否定的発言の一言が会社の法的リスクを激増させ、労働者側にとっては、適切な対応と証拠確保が権利回復の鍵となります。
退職勧奨に関するトラブルは、早期に弁護士に相談することで、相手方と対立が深まる前に解決の糸口を見つけることができます。退職勧奨に関してお悩みの経営者、管理職の方は、お気軽に当事務所へご相談ください。
(関連法令・参考URL)