1 事案の概要
依頼者(会社側)は、清掃業を営む中小企業です。従業員の一人が、勤務時間中にゲームをプレイしたり、業務と無関係な私用の作業を繰り返し行っていました。同様の問題行動は過去にも確認されており、注意指導をしても改善が見られなかったため、社長が当該従業員を直接、強い口調で叱責しました。
ところが、叱責の翌日から当該従業員は無断で欠勤するようになり、その後、代理人弁護士を通じて、「違法な退職勧奨があった」として以下の請求が行われました。
- 労働契約上の地位確認請求(「まだ従業員の地位がある」との確認)
- 欠勤期間中の未払賃金請求(欠勤は会社都合であるとの主張)
- 損害賠償請求(違法な退職勧奨による精神的苦痛に対する慰謝料)
なお、社長は叱責の際に「明日から来なくていい」などの出勤拒否を直接示す発言は行っておらず、退職を勧める明示的な言動もありませんでした。しかし、叱責の内容には、当該従業員の人格を否定するような言葉が含まれていました。
2 主な論点
本件の最大の争点は、「社長の叱責行為が、違法な退職勧奨に該当するか否か」という点でした。
退職勧奨自体は適法ですが、人格否定的発言や強圧的態様を伴う場合、退職の意思表示を強制する不法行為(民法709条)となり得ます。また、そのような言動によって労働者が就労不能状態に追い込まれた場合、会社が自ら「職場復帰できない環境」を作り出したと評価されるリスクがあります。
本件では、「退職勧奨」の明示的な言動はなかったものの、人格否定的発言があったことを踏まえ、①当該発言が不法行為に該当するか、②それによって従業員が出勤できない状況が形成されたか、が主要な論点となりました。
3 解決の経緯と内容
会社は、従業員から代理人弁護士を通じた請求を受けた後、当事務所に相談・依頼しました。当事務所は、会社側の代理人として、以下の対応を行いました。
■初期対応・交渉段階
まず、社長の叱責発言の内容を詳細に確認しました。その結果、「明日から来るな」などの出勤拒否や退職勧奨を直接示す言葉はなかったものの、従業員の人格を否定する言動が含まれていたことが判明しました。
当事務所は、この点について率直に評価し、「人格否定的発言によって従業員が出勤することができない状況が生じたとすれば、会社がその環境を作り出した責任を問われる可能性が相応にある」と会社側に説明しました。
その一方で、従業員の問題行動(業務時間中のゲーム等)は明確な服務規律違反であり、叱責の原因に十分な業務上の根拠があったこと、また出勤拒否後、会社側が「労働契約上の地位を認めるので出勤してほしい」と要請したにもかかわらず従業員が応じなかったことは、損害額の算定において有利に働く事情であると整理しました。
■労働審判手続
相手方(従業員側)は労働審判を申し立てました。労働審判手続では、審判委員会(労働審判官・労働審判員2名)の面前で双方の主張を行いました。
労働審判委員会は、人格否定的な発言があったことや、それによって従業員が翌日から出勤できなくなった経緯に鑑み、会社側に一定の法的責任があるとの心証を示しました。他方、従業員が会社からの出勤要請を無視して長期欠勤を続けた事情も考慮され、全額請求が認められることはありませんでした。
最終的に、会社が従業員に対して解決金を支払うことで労働審判において調停が成立し、事件は解決しました。解決金の額は、従業員側の当初請求額よりも相当程度減額された金額となりました。
■ 本件から学べること
〔使用者(会社)の方へ〕
問題社員に対する注意・叱責は、業務上の必要性から適切に行う必要があります。しかし、その際に人格を否定するような発言(「使えない」「来なくていい」「お前みたいな人間は」など)を行うと、発言の前後の文脈や本来の意図を問わず、違法な退職勧奨・パワーハラスメントとして法的責任を負うリスクが生じます。
注意・叱責は、あくまでも「行為」を対象とし、「人格」を対象としないことが基本原則です。また、問題行動については日頃から記録・証拠化しておくことが、万一のトラブル時に非常に重要となります。
退職勧奨・解雇・パワーハラスメントに関するご相談は、当事務所までお気軽にお問い合わせください。
(参考)